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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1646号 判決 1967年4月25日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。原審東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第一三九三号事件につき被控訴人の請求を棄却する。同裁判所同年(ワ)第二三二三号事件につき被控訴人は控訴人に対し東京都大田区雪ケ谷町四六一番家屋番号同町四六一番の四木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一四坪二勺(以下本件建物という)につき東京法務局大森出張所昭和三四年一二月二八日受付第四一五五一号を以てなされある同月一六日代物弁済を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴人棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、「仮りに、昭和三四年一〇月一五日被控訴人と控訴人との間において被控訴人主張のような停止条件付代物弁済契約若しくは停止条件付代物弁済の予約がなされたとしても、右契約は被控訴人が控訴人の無思慮窮迫に乗じ僅かに金二四万円の、それも材木の売掛代金残債務を消費貸借の目的としたもので現実に現金の授受のなされていない債権に対し、当時時価金二五〇万円にも上る本件建物を取得せんとする目的で締結させたものであるから、公序良俗に反し無効なものである。」と述べ、被控訴代理人において右主張を争つたほか原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、乙第一一号証を提出し、当審での控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人において、右乙第一一号証の成立を認めたほか原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

有限会社新井商店が旭東建築有限会社に対し建築請負残代金二四万円の債権を有していたが、昭和三四年九月一日旭東建築との間で右債務を消費貸借の目的として、旭東建築は右金二四万円を同年一二月一五日金四万円、昭和三五年一月から四月まで毎月一五日金五万円ずつに分割して支払うこと、右割賦金の支払を一回でも怠つたときは残債務全部について期限の利益を失うこと、利息は無利息、期限後の損害金を年三割六分とする旨の準消費貸借契約を結び、新井商店は右同日旭東建築に対する準消費貸借上の債権を被控訴人に譲渡し、控訴人は同日旭東建築の被控訴人に対する右債務を引き受け、かつこれを担保するためその所有の本件建物につき抵当権を設定したこと、本件建物につき被控訴人のため東京法務局大森出張所昭和三四年一二月一八日受付第四一五五一号を以て同月一六日代物弁済を原因とする所有権移転登記のなされたことは当事者間に争いがない。

そこで、被控訴人主張の代物弁済契約の存否について判断する。

成立に争いのない乙第七号証、添付の印鑑証明書の成立について争いなく控訴人の住所氏名及び名下の印影が控訴人の記載又は押捺にかかるものであることはその自認するところであり、その余の部分については原審証人大野重信の証言により同人が控訴人の了解に基き記載したものであつて全体につき成立を認め得る同第三号証の二、原審証人大野重信の証言及び原審での被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人を代表者とする新井商店は昭和三二年一〇月頃から控訴人が代表者として経営する旭東建築に対し木材を売り渡していたが、代金の支払が順調でなく殆ど約定どおり決済のなされたことがなかつたので、被控訴人は控訴人が果して右引受にかかる準消費貸借債務を約定どおり履行するかどうか強い危惧の念を抱き、代理人である弁護士大野重信に依頼して控訴人との間で抵当権設定よりもさらに強力な債務履行確保の手段として本件建物につき代物弁済契約を結んでもらうこととし、同弁護士は昭和三四年一〇月一五日頃右依頼の趣旨に基き控訴人との間で本件建物につき右準消費貸借による債務を弁済しなかつたときは代物弁済として所有権を移転する旨の停止条件附代物弁済契約を結んだことが認められ、原審及び当審での控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆えすに足りるような措信すべき証拠は存在しない。

控訴人は右停止条件附代物弁済契約は公序良俗に反し無効であると主張する。しかし、成立に争いのない甲第二号証、乙第三号証の三、同第八号証、原審証人大野重信の証言をあわせ考えれば、本件建物は昭和三二年四月頃の建築にかかるものであつて本件停止条件附代物弁済契約のなされた昭和三四年一〇月一五日当時における価格は金一〇〇万円と認めるのが相当であるが(これを敷地の借地権附で金五〇〇万円であるとする原審証人坂口外次郎の証言並びに同じく借地権附で金四、五〇〇万円、建物のみでも金一五、六〇万円であるとする原審及び当審での控訴本人尋問の結果はいずれも採用し難い)、右乙第八号証、成立に争いのない甲第一号証(乙第一号証)及び原審での控訴本人尋問の結果によると、本件建物の敷地は借地であつて、建物とともにする借地権の譲渡若しくは転貸につき直ちに地主の承諾が得られるかどうか疑問である上、本件建物には右認定の被控訴人のための抵当権設定登記のほか昭和三二年七月二三日附で芝信用金庫のためこれに優先する元本極度額金五〇万円の根抵当権設定登記がなされていることが明らかであるから、被控訴人が右停止条件附代物弁済契約によつて得べき利益は芝信用金庫のための右根抵当権の代価を差し引き約金五〇万円内外であると認められ、被控訴人はこれによつて控訴人に対する債権額に比し著しく過大な利益を得ようとするものとはいい難い。のみならず、本件にあつては右代物弁済契約締結の衝に当つた被控訴人の代理人大野重信が控訴人の無思慮窮迫に乗じ右代物弁済契約を締結させたものと認めるべき証拠は全く存在しないので、控訴人の右主張は失当というのほかはない。

次に、控訴人が被控訴人に対する前記準消費貸借債務の支払として昭和三四年一二月一五日に支払うべき第一回割賦金四万円の支払をしたことについても、さらにその後右準消費貸借債務の支払をしたことについては、何らの主張も立証もないのであるから、控訴人は前記約定に従い昭和三四年一二月一五日の経過とともに債務全額について期限の利益を失いこれを一時に支払うべき義務を負担するに至つたものであり、かつ翌一六日かぎり右債務全額の支払をしなかつたことにより右代物弁済契約に附せられた停止条件が成就し、本件建物の所有権はここに被控訴人に移転したものといわなければならない。そして前掲甲第一号証(乙第一号証)、乙第三号証の二、同第七号証及び原審証人大野重信の証言によると、被控訴人の代理人である大野重信は被控訴人の要請に基き右停止条件完成後の同月一八日あらかじめ控訴人から預つていた委任状(乙第三号証の二)所要事項を記入の上控訴人と被控訴人双方の代理人として被控訴人のための前記のような所有権移転登記手続をしたものであることが明らかである。

ところで控訴人は、大野重信のした右登記申請行為は双方代理行為であり、かつ弁護士として弁護士法第二五条第一項第一号に違反する行為であるから、無効であると主張するが、もともと登記申請行為なるものは、法律行為ではなく、登記義務者にとつて義務の履行にしか過ぎないものであつて、これによつて何ら新たな利害関係を生ずるものではないから、右登記申請行為は弁護士法違反となるものではなくまた双方代理のゆえを以て無効となるものではない。

そうすると、控訴人が本件建物を占有していることは当事者間に争いがなく、控訴人がこれを占有するについて何らかの権原のあることの主張立証は全くないのであるから、所有権に基いて控訴人に対し本件建物の明渡を求める被控訴人の請求は正当であり、これに反しこれにつきなされある被控訴人のための所有権移転登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は失当というのほかはない。よつて、これと同旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由のないことが明白であるから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

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